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“過去の価値”は変えられる。ひきこもり当事者だからこそ伝えられる言葉を発信する雑誌『ひきポス』

取材

2018年07月25日

生まれてから起きるいろいろな出来事。嬉しいこともあるけれど、悲しいことや苦しいことも多いです。
それが「当たり前」と理解していても、目の前に置かれた困難に、自分を責めてしまうことや、人に言えずに苦しみを深めてしまうこともありますよね。そんなときに、自分と同じ苦しみを味わった人の話が聞けたら…。

2017年に創刊された雑誌『ひきポス』は、ライター全員がひきこもりや不登校の当事者や経験者です。
この雑誌では、ひきこもり当時の想いや、今抱える苦しさ、こうして楽になったなど、個人のひきこもり経験を包み隠さず公開しています。

自分のネガティブな部分を人に話すのはとても勇気のいるものですが、なぜ彼らはこの『ひきポス』を作り、当事者として発信することを選んだのでしょうか。

インタビューさせて頂いたひきポス編集部のみなさま

池井多さん(右)
ひきポスライター、編集、外国の方へのインタビュー、取材の対応などを担当。
23歳から現在に至るまで断続的にひきこもるほか、20代には国外へ出ることで日本社会からの「そとこもり」も経験。個人でも、問題当事者や精神医療の患者による発信「ぼそっとプロジェクト」を主宰。

石崎さん(中央)
ひきポス編集長。紙面のデザイン、執筆編集、経理、WEBサイトの運営など、全ての業務に関わる。
24歳から2年間ひきこもりを経験。自殺未遂やメンタル不調の末、自分の思考のパターンを修正することからはじめ、ひきこもりから脱する。 

佐藤さん(左)
ひきポスでは、総務、場作り、メンバー集め、編集などのほか、会議のファシリテーターや、参加者の意見収集などを行う。
14歳でいじめを受け不登校になるが、サポート校を利用し高校を卒業。その後フリーターになるも、「自分は普通ではない」という生きづらさを抱え続け、親と衝突したことをきっかけに2年半ひきこもる。

誰も伝えてくれないなら自分たちでやればいいじゃないか

── 今日は、『ひきポス』がどんな雑誌なのかといったことのほかに、不登校やひきこもりといったことに対し、当事者であるみなさんに率直に答えていただきたいと思っています。
まずは、『ひきポス』という雑誌がなぜできたかについて教えてください。

石崎さん(以下敬称略)「まずマスメディアというのは、ひきこもりについて『生きづらい人像』のようなわかりやすいところしか取り上げない傾向にあります。でも実際はもっと複雑な部分もあるし、ひきこもりをしたことによる、ある種の『豊かさ』みたいなものもあるんです。

自分がひきこもりについてインタビューを受けたり講演をしたりしても、実態がわかりにくいから本当のキモの部分が削られてしまう。そういう当事者の気持ちを伝えるのは、我々当事者や経験者しかできないんじゃないかと思ったんです。
そこで、当事者が自ら発信をしようと思ってできたのが『ひきポス』です」

佐藤さん(以下敬称略)「他のメディアに取材してもらったりすると、大事な部分を削られちゃう感覚があったんですよね。
『ひきポス』に参加している人ってそういう部分がすごくあると思うんだけど。それを我々は極力削らない。なんなら全然修正しない記事もあります。誰も伝えてくれないのであれば自分たちでやればいいじゃないかと考えています」

池井多さん(以下敬称略)「私はむかし、ある精神医療の団体で患者集団の事務局をやっていたんですね。そこでも精神科医が当事者の声をまとめていて、外に出すときには改変したり、フィルターをかけたりしていたんです。それに対して『おかしい!』と指摘すると、私はその事務局から追い出されてしまいました。

そういうことがあったので、患者の声・当事者の声は、やはり当事者自身が出さなければならないってことを痛感して、自分でも当事者発信の『ぼそっとプロジェクト』を始めたし、またこうして『ひきポス』にも参加しています。
社会に対して漫然と物申すだけじゃなく、専門家、精神科医などに向けても、建設的に当事者自身の気持ちを発信していきたいですね」

佐藤「3人共通しているのは、当事者の声があまりにもないがしろにされてるってことですかね。

例えば野球選手がサッカーのこと語り始めたらおかしいじゃないですか。それくらいジャンル違う人がなんで不登校とかひきこもりについて語るんだと。ひきこもりを経験していない専門家とかが『ひきこもりとはこういうものです』って話してるのってちょっとピンとこなくって…」

── 当事者ではない人が、当事者をある種の型にはめようとしているように感じるのでしょうか。

池井多「部屋にひきこもってガチガチになってる人が『ひきこもり』なんだ。最初にメディアがそうイメージを持っていってしまったものだから、そのイメージを再生産することがひきこもり報道だと勘違いしているメディアが今も多いです。

だけど本当はそうじゃなくて、家から出られるひきこもり、いろいろメディアに出てくるひきこもり、そとこもり(自分の家に寄りつかないほか、海外に出ていくひきこもりの意)など、ほかにも色々いるんだっていうひきこもりの実像をありのままに出していく。

それは必ずしもキレイな形ではないかもしれない。真実の当事者性っていうのは必ずしもキレイじゃないのですよ。でもそれを出していくっていうのが、私は大事だと思っています」

自己肯定感のある人には見えない世界がある、だから自分たちがやる意味がある

石崎「メディアに携わっている人というのは、自己肯定感がきちんとあって、世の中とか、生きていることそのものに対しての違和感を抱えている人があまりいない。社会的強者であり、弱者の気持ちはわかりにくいのではないかと思っています。

そういう人は当事者が伝えた文章に価値を見いだせないというか、素通りしちゃうんですよ。共感できないから、言葉がひっかからないのだと思います。

自己肯定感が強い人が見える世界と、自己否定感が強い人が見える世界って全然違うので、同じものを見ても真逆に見えるんですよ。色がまったく反転しているかのように。反転してることが、自己肯定感を持っているエリートの人は見えないんですよね。
例えば、『ひきポス』の当事者手記なんかは、自己肯定感の高い人からすれば、ネガティブな話に読めるかもしれません。しかし、自己否定感を抱えた人が読むと、学びや癒しとなることがあります。これほどまでに感受性が違う。

だから、その反転を理解している人がなんとか文章にしていくっていう作業が必要なんじゃないですかね。

それに、『ひきポス』にはいろんな書き手がいるので、1冊読めば自分に似た境遇の人が1人くらい見つかるかもしれないんですよ。自分と同じように苦しんでる人に共感することで、心が軽くなることがあるんです」

── 当事者の感覚、というのは当事者しか持っていないものですし、そういった人が想いや体験を発信していくことで救われる人も多くいると感じます。

石崎「そうですね、自分が活動している最大の理由はそこですね。『ひきポス』を読んで心が軽くなったっていうのを聞くのが一番嬉しいかな。

ただ別に読んでくれるのは、ひきこもってなくても、当事者って思ってなくても、普通に生きててなにかを疑問に感じてるって人でもいいんです。とにかく『ひきポス』を読んで、苦しいなって思ってる人の心が軽くなったら嬉しいですね。

まぁ重くなってもいいんですけど。重くなって自分の人生を見つめ直してもらってもいいんです(笑) なんかしらがんじがらめになってるところから、少しほぐれて自由な人生歩んでくれればな、と思っています」

── 読むことで、自分の「苦しさの原因」みたいな部分に向き合うきっかけにもなる、ということですね。

佐藤「一方で、活動する側や書く側にもいい影響があって。例えば、僕にとってひきこもった経験っていうのはずっと心の奥底に閉まっておきたい、黒歴史と呼んでもいいもので、ずっとそれに価値なんてないと思ってたんですよ。でも、こういう活動していると、その経験に反応してくれる人が本当にたくさんいるんだなと気づいたんです。

だから、この雑誌を作って声を届けるということも意味があるし、自分自身の過去がどんどん浄化されていくという良い効果もありました」

石崎「実際、この雑誌で当事者手記を書くことで、どんどん回復している人もいるんですよね。

書くことで心の中が整理できるし、人が読んでくれることで『良かったよ』とか反応してもらえると、過去の価値が変わるんですよ。普通に考えたら絶対人に喋りたくないひどい過去が急に輝くんです。さらに雑誌に掲載されればお金がもらえるので、金銭的な意味でも評価を感じられるのかなと思います」

秘密を書くことによって、どんどん自分が解き放たれていった

── 池井多さんはライターとしても書かれていますが、書くことで癒やされるということはありますか?

池井多「ありますね。いい例が、『人とつながる』特集(『ひきポス』2号)で書かせて頂いた『ふつうの人になりすます』っていう記事があるんですけど、当事者が読めばなるほどとヒントになるかもしれないし、親御さんが読めば『そうか。当事者はこうやって苦労してるのか』と知るヒントになるかもしれない。

一方、私自身にとっては、こういう秘密を書くことによって、どんどん自分が解き放たれていく感覚があります。誰にも言えなかったことが、こういうふうに社会に出ちゃったら、意識的に『自分はなりすましなんだ』と思うようになって。でも、それが本来あるべき方向のように思います。

もしかしたら私が一般市民になりすましてることが商店街でいずれバレるかもしれないけどね。けれどそのときに、いや~バレましたか。いつかバレると思ってたんですけどね、こんな雑誌にも公開してましたから、って言えますし」

佐藤「僕もなりすましてましたね~。あ、僕ひきこもり中も髪を切りには行ってたんですけど、自分で働いてる設定をすっごい作ってから行ってたんです。今こんな仕事をしててとか」

石崎「何時から何時まで働いてるとかね(笑)」

佐藤「そうそう(笑)平日に行くと、あれ?今日お休みですか?って言われるので、シフト制の仕事で…とか言ってね。そういうことは、なんかやらないとやりきれなかったんですよね。

全く嘘をつかないで、全部自分の状態をバカ正直に伝えても、やっぱり困っちゃうので普通の人たちって。『あーそうなんだ…(沈黙)』みたいな」

石崎「無職って言ったときの相手のなんか反応って嫌なんだよね」

佐藤「困らせるくらいだったら設定作っておいたほうが円滑に進むかなっていうのがあって」

── それは相手のことを配慮して…?

石崎「というより、戸惑われるのイヤじゃないですか。
『変なやつ』みたいな差別的な目で見てくる人って実はまれなんですけど、向こうが無職っていう状況に配慮しようとした結果、何も話しかけることが出来なくなることがあるんですよ。こっちは普通にしててほしいんですけどね」

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後編では、3人が「学校」や「親」に対して今思うことをお聞きしました。
子供が成長する過程で大きく関わるのが「学校」と「親」ですが、学校は画一的、親子の関係は自分の体験や一般論といったものしか拠り所がないのが実態です。
今の問題は? そしてどのように関わっていくことが望まれるのか。当事者の目線で率直に答えていただきます。

後編:子の幸せが親の幸せ」はいらなかった 今だから言える学校・親への思い 【ひきポス】

 

ひきポスロゴ

取材協力:ひきポス 編集部

URL:http://www.hikipos.info/
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Twitter:https://twitter.com/hikipos1
『ひきポス』購入サイト:https://hikipos.thebase.in/

このコラムの著者

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株式会社クリスク  ライター
北海道出身。中学時代に約2年間いじめにあい不登校になりかける。高校では放送部に熱中し、その後大学へと進学。上京してはじめて、学校以外の居場所や立場の違う人と接し、コミュニケーションについて考えるように。現在は自分の経験を活かし、子供の悩みや進学に関する悩みについての記事を執筆。