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中学不登校 卒業しても進学しても不登校は終わらない【Iさんの場合 前編】

不登校全般

2017年12月18日

「不登校」とは、いつが終わりなのでしょう。

学校に行けるようになったら?
それとも学校を卒業したら終わりでしょうか。

Iさんは、現在一児の母であり『不登校=ネガティブ』というイメージを変えるための活動を行っている女性です。

そんな彼女は元不登校生。
しかし、学校という制度から卒業したあとも不登校当時と変わらない『生きづらさ』を抱えていたそう。

前編では、Iさんがなぜ不登校となったのか。どんなことを感じていたのかを伺っていきます。

みんなと一緒になりたくない

小学校では楽しく活発に過ごしていたというIさんだったが、中学進学とともに、別の場所へ引っ越すことになる。その理由は、『嫁姑問題でモメたから離れたはずの場所へ、再び戻るため』だった。

「1回目に祖母と住んでいたとき、母が苦しんでるのを見ていたので、良くない場所に戻るようなイメージでした。母から祖母の悪口を聞いていたのもあって、私の中でも恐い祖母象が膨らんでいたし、あまり戻りたくなかったです」

さらに、小学校から中学校への進学自体も、Iさんには大きなストレスとなった。

みんなが同じ制服を着て、同じ髪型をして、同じ荷物を持ってぞろぞろと歩いている光景や、『この学校の生徒らしく』と先生が集会などで言うことに違和感を覚えたという。

「なんだかすごく気持ち悪くて。みんなと一緒になりたくないなって思いました」

『中1ギャップ』という言葉があるほど、小学生から中学生に変わる時のストレスは大きなものだ。そこに、家庭環境や引っ越しという変化まで加われば、彼女が大きな努力をして適応しようとしたことは、すぐに想像できる。

「その時は、友だちも作ろうっていう気になれませんでしたね。引っ越してから、母が祖母の目を気にしてあまり笑わなくなって、私も我慢して自分を押さえてたんです。それでエネルギーがなくなっちゃったのかな」

そして、中学1年生の2学期から、完全にIさんは不登校となった。

なんでイベントだけ学校に来られるの?

「最初は、勉強さえできればなんとかついていけるのでは? と思って自力で勉強して、テストだけ保健室で受けたりしてましたね。文化祭に行ったこともあるんですけど、周りの子に『なんでイベントだけ来れて、普通の時は来れないんだ』って言われてると知ってからは行けなくなっちゃいました」

それでも、学校側はなんとか接触を持ち続けようと、クラスメイトにプリントを届けるためにIさん宅に寄るように呼びかけた。

「最初は2、3人だったのに、途中から10人とかくるようになって、その時間がすごく嫌でしたね。だって、目的は私じゃないんですもん。私を心配しているわけじゃなく、ただの放課後のたまり場になってたんだと思いますね」

母親に殺されそうになったんです

不登校になった時、親や学校の先生からは『どうしてだ』『なにが原因なのか』と何度も聞かれたという。

本音を言えば、『理由はないけど行きたくない』が理由。だから、自分なりに考えていろいろ答えてたんですけど、先生も親も真面目だからか、それを解決してくれるんですよ。でもやっぱり行けないんです」

そして、『祖母と一緒に生活したくない』という彼女の一言から、(ほかにも理由はあったとは思うが)両親は家を建てた。親からすれば、思い切った決断、大きな投資だ。これで娘は学校に戻れるのでは、という期待もあっただろう。

しかし、それでも彼女は学校に行けなかった。

「このことで、もう少しで母に殺されそうになりました。母が包丁を持って私の部屋に向かっていたのを、父親と兄弟が見つけて止めてくれたから良かったけど、母親と2人だったら……と思うと恐いですよね」

何を言っても受け入れてもらえない

学校や先生や親が、色んな方法で彼女の『不登校という問題』にアプローチしてきた。

しかし彼女が中学校に行けるようにはならなかった。

みんな、聞くっていうスタンスではなく、話すっていうスタンスでくるんです。私に聞いてくるのは、『どうするんだ』『どうして行けないんだ』っていう責めのクエスチョンだけ。そうなると、普通の会話なんてできない。
ろくな会話ができないだろうな。なにを言っても攻められるし、受け入れてもらえないって思いましたね。口ではなんて言ってても、言葉以上に態度とかに出てるんですよ」

父親は、『どう考えてるのか』『今後はどうしたいのか』といった質問をしてきた。
祖母は、昔は自由に勉強が出来なかったという苦労話を話した。
母親は、『なんでそんなに困らせるんだ。こんなに親を困らせてひどい子だよ』と情に訴えた。

「質問には答えられないし、親の願いは叶えてあげられない。そうなると、自分のこと責めるしかないないんですよね。ダメな子っていうか、いいことをしてない子だなって。そこで、自分はダメっていうレッテルが強く張られた気がします」

彼女の本音は、こうして自分の中にしまわれた。そして、『できない自分』にこの先も苦しめられ続けたという。

「親は、中学の卒業証書もらったら『はい、不登校は終わった』と思ったみたいなんですよね。でも、大人になってから親に言ってびっくりされたんですけど、本人にとってはずっと続くんですよね。卒業してからもずっと、生きづらかったです」

 

後編では、Iさんのその後や、不登校を吹っ切ったきっかけについてお聞きしていきます。

 

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このコラムの著者

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株式会社クリスク  ライター
北海道出身。中学時代に約2年間いじめにあい不登校になりかける。高校では放送部に熱中し、その後大学へと進学。上京してはじめて、学校以外の居場所や立場の違う人と接し、コミュニケーションについて考えるように。現在は自分の経験を活かし、子供の悩みや進学に関する悩みについての記事を執筆。